ぞんかつ

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アレがないコレがないのナイナイ病に陥っている人は幸せ日記をつけよう

筆者は昔、重度のナイナイ病に陥っていたことがあります。アレもないコレもないと、自分が持っていないものばかりにフォーカスして不満たらたらな毎日でした。

しかし現在では幸せを見つけることが得意になりました。アレもあるコレもあると、それなりに満たされた日常を生きています。幸せになるにはフォーカスを変えるだけでよかったのです。

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ナイナイ病を治癒するには失敗が効く

現代は勉強したければ「授業動画」を受講できるため、学校に行かなくてもいいと言う意見をときたま聞くようになりました。

ですが、ナイナイ病だった筆者からすると、学校でなくても「自分とまるで違う人々が集うコミュニティ」に属する経験をしていて損はないと思います。

 

集団の中に入るメリットの一つは自分を相対評価できることです。

自分を相対的に見れない環境にいると、自己評価は絶対評価しかなくなってしまうため、根拠のない自信で勘違いしすぎた痛いヒトになる可能性を否定できません。

 

さらに価値観の異なる他者と係わることで、痛い目に遭うことも多いです。そのときの失敗体験がナイナイ病を癒す「ありがたみ」という秘薬を生み出すのです。

 

まあこれはある著名人が本に書いていたことなのですけどね。

「なぜ人生は幸せより不幸せなことが多いのですか?」という相談に対し、“不幸せを体験しなければ幸せに気づけないからだ”という答えで、それを読んだ当時の筆者はものすごく納得した覚えがあります。

 

無いものではなく有るものに目を向けよう

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もう一つ、わりと有名な実話があります。

 

東北のリンゴ園に台風が直撃し、ダメージを受けたリンゴは商品価値がなくなってしまいました。

甚大な被害に落胆するリンゴ農家が多い中、あるリンゴ農家が「落ちないリンゴ」という台風でも木から落下しなかったリンゴを縁起物としてアピールしたところ、大成功したというエピソードです。

 

それもリンゴ1個が通常は100円程度のところ、希少性を売りにして高値をつけることができました。

 

この話で着眼すべき点は、無いものではなく有るものに目を向けて発想の転換を図ったところです。

 

同様にナイナイ病だった筆者はあまりにも不満が多い毎日に嫌気がさして、あるときから「幸せ日記」をつけるようになりました。

幸せといっても小さなものから大きなものまであり、日常の幸せなんてちっぽけなものです。今日は美味しいものが食べれたとか、人と楽しく会話できたとかそんなレベル。

 

ですが、幸せ日記をつけるようになってネガティブなのは目の前の幸せに気づいていなかったからだと自覚できました。

今では雨の日でも楽しいし、無いものを買い足すのではなく「有るもの」を別の用途に活用するアイデアを考えることも好きです。

 

そこに至ったのは、不幸せだと思う失敗体験をしてきたことと、有るものに目を向けるようになったおかげなのです。

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小さな幸せも積み重ねると…

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それでは「幸せ日記」のつけ方をご説明します。

 

まず、ちょっとした日常の幸せを実感したときは具体的に記録しておきましょう。

例えば「今日は美味しいものを食べれた」ではなく

「今日はちょうど食べたいと思っていた餃子を食べれてラッキー♪だった」

「今日は大好物のショートケーキを食べれて幸せだった」

という具合に。

 

また、一日に感じる小さな幸せは一つじゃないはずです。

人間が幸福感を覚えたり満たされた気分になるときは、嬉しい・楽しい・好き・面白い・爽快・美しい・美味しい・気持ちいい・香ばしい・癒される・報われた、、といった様々な感情を喚起させます。

 

普通の日記で「今日は友達と遊んで楽しかった」と書いたりしますが、楽しいという感情になるということは幸せであるということ。

そういった自分のポジティブな感情に故意に着目すると「あっ、これって今日の小さな幸せだな」と幸せを発見できます。

 

そして、一日に沸き起こる感情は一つだけではないはずです。

なので幸せ日記は、今日はアレもコレも幸せだったと一日にいくつも書いてよいのです。

 

小さな幸せでも一日に複数あれば総量として大きくなりますね。

一週間、一ヵ月、一年単位で振り返ると、さすがに

自分って案外しあわせ者なんだな、何が不満だったのだろう?

と幸せ脳になってくるものです。